天は我が家に初めてきた猫だ。私も夫も猫と暮らした経験があるので、ぼんやりと「いつか猫と暮らせたら」と思ってはいたものの、なかなか踏ん切りがつかない日々を過ごしている中で出会った。
保護猫をお迎えするのはどうかとネットなどで調べていたものの、共働きの我が家ではそもそも許可がおりないのではと尻込んでいたある日、ペットショップに彼はいた。大きい猫としか暮らした経験がない私は、いつか自分も大きい猫と暮らせたら、と思っていたので、「メインクーン」と書かれた値札とともにそこにいた彼に、一瞬で釘付けになった。
ただし、そのペットショップは子猫の入れ替えが早く、すぐに「売約済み」の札が掲げられる印象だったので、とっても可愛い顔をしていた彼はすぐに購入されるだろうと思い、その可愛さを目に焼き付けてその日は離れた。ここまではいつも通り。私たちは縁がある子を待つのみ。
そこから数ヶ月、私がペットショップを覗くたびに彼はそこにいた。他の子猫が次々と去っていく中、変わるがわるする子猫と戯れながら、ゲージの中で一匹だけ、少しずつ、けれど確かに成猫に近づいているのがわかった。
「おかしい」と思ったが、ペットショップで猫を買う、という選択肢がなかった私たちは、それでも自分ごととしては考えず、「いや、でもこんなに可愛いのだからそろそろ決まるはず」とペットショップを訪れるたびに「居る」ことを確認して、後ろ髪を引かれながらも去っていく日々を続けた。
会うたび、値札に書かれる数字が減っていた。
そして、ここまで決まらないのは、運命なのではないかと思うようになった。私が実家で一緒に暮らしていた“しろ“と同じ猫種。しろの毛の色が散りばめられたクリームの毛色。大きい手。メインクーンにしては優しい顔つき。ガラス越しに会うたび、彼と暮らす日々のことを考えた。
そうと決まればと家族会議を開催し、夫とも「猫と暮らしたいと思っていた“いつか“は今なのでは」と言うことで一致した。行動力に定評のある二人なので、家族会議の翌日ペットショップの開店と同時に入店し、はじめてガラス越しではなく、生身で触れた。大きくなっていてもまだ毛がふわふわで、体も毛も柔らかく、温かかった。夫に抱っこされながら、夫の目をじっと見つめる君を見て、「私はこの子をずっと待っていたんだ」と思った。なお、長い間この場所に居た理由については「他の子よりも大人になった時に体が大きくなるのがネックだったのかもしれなくて」と店員さんが教えてくれた。
体の大きさは誰かにとってはマイナスかもしれなくても、元々大きい猫と暮らしていた私にとってはプラスでしかない。だから、どれだけ大きくなっても大丈夫だよと、その足で一番大きいゲージを買った。家に帰ってから夫が組み立てると、思ったより大きくて、家の中で一番存在感があるものになったけれど、私も、夫もどこか誇らしかった。
出口の見えない不妊治療を経て、さらに追加でさまざまな検査をする中で子供は望めないし、これ以上望まないと二人で決めた数ヶ月後のこと。
名前は、会いに行く前日の家族会議で決めていた。私たちが結婚して10周年の10月にやってきた男の子。どれだけ体が大きくなっても、いっそ大きくならなくても、なんでもいいから幸せに「天寿」を全うできますように、の願いを込めた。
「天」、我が家にきてくれてありがとう。
天が「今世はもういいや」と思うその日まで、二人で絶対に天を幸せにする。
